レクセリア建国記 第22話 『介入戦 5』
(仮)
アレイオンの操縦席(コックピット)に搭乗するリリスは艶やかな微笑みを浮かべていた。艶やかさの中にも鼻先と唇を結ぶラインから優しさすら感じさせる上品なものだ。魔力励起によってリリスの周辺に生じる淡く紫色の発光現象が幻想的である。しかし、彼女が放つ魔力は先ほどにも増して鋭さを増しており、今にも破壊を生み出さんと感じさせるもものだった。
濃厚な魔力、桁違いの質にテセス率いる魔導機隊(ウィザード)が阻止行動を開始するも適わない。近接戦を挑もうとしても不可視なる魔力の塊に阻まれ、魔法やライフルの攻撃は魔法障壁(シールド)によって弾かれる。膨れ上がる魔力、恐れから彼らの狼狽が増す。
狼狽するテセス隊を尻目になんとか安全圏に退避したアンドラスは悠然と立つアレイオンを覗き込む。もちろんアンドラスは残余魔力を全て防御に回して危機備える万全の体制。
「動きからして相手の狼狽ぶりが判るな…
まぁ、無理も無い。
攻撃が通じず、膨れ上がる魔力を目にすれば当然か」
(あの魔力が実はアレイオンの搭載機関から出ているもので無いと知ったら、
連中はどんな顔をするんだろうな…くくくっ)
アンドラスが思うようにアレイオンが出している出力は搭載機関のものではなかった。リリス自ら生み出した魔力によって補われている。何を隠そう彼女は旧帝国時代にレクセリア大陸に君臨していた6魔王の一人、107体の貴族種(ノーブル)を束ねて帝国の傘下に下っていた魔王リリスだったのだ。
人の身で貴族種(ノーブル)の最上位ともいえる、
魔王級の存在と対抗するには相応の準備が必要である。
もちろん魔王と言えども無敵ではない。
旧帝国では超高等技術で作られた魔導機(ウィザード)の大隊規模の兵力ならば如何なる魔王が相手でも物量で圧倒する事が出来たが、この時代ではそのような超技術で作られた兵器群は失われて等しい。故に、現代の水準で考えるならば魔王と戦うには師団の規模の兵力を用意する必要があったのだ。ただし、旧帝国の崩壊と共に表舞台から姿を消していた事もあって、現代に於いて対魔王戦を想定している勢力は絶無と言っても過言ではなかった。
「嬲る趣味はないから直ぐに終わらせてあげる」
リリスはそう言うと2基の操縦桿を前倒しにして、敵魔導機(ウィザード)に向かって猛然と突撃を開始する。リリスが狙うは間近の2機だ。武器を装備していないアレイオンだが、機体に纏う魔力だけでも相当な威圧感があるだろう。
アレイオンに迫られたサーダイン2型は慌ててグレートソードで応戦する。しかし、アレイオンが繰り出した拳によってグレートソードはいとも簡単に折れたのだ。アレイオンの装甲材が成しえた結果ではなく、これは拳に纏う多重に及ぶリリスが展開させた魔力層が原因だった。リリスはアンドラスと同じように近接魔法戦を十分なレベルで習得しており、それを機体表層部分で再現していたのだ。
グレートソードを折られたサーダイン2型は、その場でぐらりと倒れる。
グレートソードを破壊していた魔力の余波はサーダイン2型の正面装甲にも及び、前部陥没の損傷を与えていたのだ。損害は胴体に留まらず、胴体背部にある操縦席(コックピット)にも及んでおり、搭乗者は内壁圧迫によって圧死していた。
リリスは続け様にもう1機のサーダイン2型を一撃のみで撃破する。
テセス隊はリリスの膨大な魔力による底上げによって大幅に強化された攻撃力と防御力を有するアレイオンに圧倒されていった。回避しようもに元から高い機動性を有するアレイオンを前にしては難しい。
1機、また1機とアレイオンからの攻撃によって兵力が打ち減らされていく。2機のアストラーデ型はまだ勇戦していたが、時間がたてば敗北は確実と思われる流れだった。
「頃合ね…3機ぐらい残れば丁度良いかしら」
リリスはそう言うと歌うような様子で詠唱を始める。
「アカイオス・アクレオン・スロペー・アンティスロペー・エポード
其は汝が為の墓標なり、大気に満ちし力よ…」
再び高まる魔力を感知したテセスは決断する。本来なら詠唱機を撃破するべきだったが、攻撃が通じない時点でその手段は採れない。ならば選ぶ選択は一つだ。
「全機、交戦を中断し直ちに撤退せよ!
合流地点まで急げ」
「頌歌を謳い原初への喊声を紡げ…
大虐殺嘯(カルネージタイド)」
テセスの命令よりやや遅れてリリスの魔法が発動した。濃密な魔力がアレイオンの機体正面に収縮して小さな光弾が発生する。発生した光弾は魔力連続転移によって作られた超高出力のエネルギー。それが機体の頭上へと上昇した直後、圧縮された魔力が開放され閃光と共に解き放たれる。
大爆発が発生して、凶悪な爆風と衝撃波が周囲に及ぶ。
それらは退避していたアンドラスの場所にも届いていた。
「ぬぅぉおおおおおおおおおおおお!?」
(オイっ! 俺も殺す気かぁ!!)
アンドラスは身を隠していた岩は物凄い勢いで削りとられていく中、コンフェシオンとの励起を最大限にして巻き込まれないように踏みとどまる。永遠と思われる破壊現象が収まると、辺りの様子は激変していた。直撃させないように放たれていた大虐殺嘯(カルネージタイド)であったが、元が城塞攻略用の対軍魔法だけに相応の威力を誇っており、テセス隊は2機のアストラーデ型と1機のサーダイン2型を残して全滅していたのだ。リリスの狙いもあって追撃は行われず、この対軍魔法によってこの一帯の戦いは終わりとなる。
戦い終了と同時に夢魔化を終えたリリスはアレイオンから降り立って、回復魔法を使ってアンドラスの手当を行っていた。戦闘時ではないので過負荷で後遺症が出ないように出力を抑えたものだ。
「相変わらず無茶をするわね。
一人で魔導機隊(ウィザード)と戦うなんて無茶も良いところだわ」
「性分でな…
というか、貴方と比べれば無茶に入らないと思うが!?」
「教え子が重症を負っていれば私だって怒るわよ。
全力投射しなかっただけでも十分控えたつもり」
「そ、そうだな…」
二人の会話にあるようにアンドラスはリリスの弟子である。正体を隠して旅をしていた頃に出会った傭兵として行動していた少年がアンドラスだった。アンドラスが有する素質を見抜いたリリスは、その心の有り方も気に入った事もあって、彼を護衛として雇うと見せかけて、徹底的に鍛えて仲間に引き入れていたのだ。リリスとしてもアンドラスは我が子に近いほどに思い入れも深く、テセス隊が情報戦として使い道が無かったら皆殺しに合っていたであろう。
アンドラスが疑問を口に出す。
「あえて逃がした理由?」
「貴方なら簡単に掃討できたと愚考するが」
「簡単よ。
たとえ話だけどドラゴンが狼を倒しても感動するかしら?」
「しないな」
アンドラスは容易に納得する。圧倒的な捕食側が捕食対象を倒すのは当然だからだ。アンドラスの反応にリリスが言葉を続ける。
「そういう事よ。
英雄という称号はね、
勇気を振り絞って生死がかかわる戦いを乗り越えた人物に与えられるもの。
格下に勇ましく戦っても決して得られない称号」
「まさかとおもうが、このような状況にもなったにも関わらず、
前の計画通りにロイ達を呼び寄せるのか?」
「もちろんだわ。
冒険者としてまだ未熟な彼らが謎の勢力戦って勝利する。
大衆にとっては良い絵になるでしょう」
「俺は反対だ。
旧式機だったとしても魔導機(ウィザード)は魔獣と違う。
いくら素質があるといっても、
今の3人では、魔導機(ウィザード)が出てくれば確実に死ぬぞ!」
三人の事を案じるアンドラスは怒りを露になる。当初の計画では未熟なロイ達が知恵と工夫、仲間の協力を経て魔獣を討伐を遂行させ、その冒険談として格好な内容を吟遊詩人を通してライナス圏に広めて名声を得る計画だった。知名度は時として実績を大きく後押しする効果が得られる心理面を突いた計画である。
「納得のいく理由を説明するわ」
アンドラスの怒りに対してリリスはもちろん予防策は講じると優しく応じた。確かに魔導機(ウィザード)を倒せば魔獣とは比べ物にならない名声が得られるだろうが、危険度が桁違いに高い。ロイ達が直接倒すのではなく結果として倒せば、情報操作によってはロイ達が倒した事と同意語になると…。その内容を聞いたアンドラスは落ち着きを取り戻す。
「…つまり、冒険者に変装した貴方がロイ達をフォローして、
太刀打ち不可能な敵に対しては助力を行うのか」
「そうよ。
余り前には出ずに後ろから見守るかたち。
フォロー用の顔は8年前から冒険者として行動しているから、
リリシアが調べても判らないでしょうね
それに敵も早々にあのレベルの魔導機(ウィザード)を投入するのは難しいと思うわ」
リリスの言うとおりだった。汎用的な魔導機(ウィザード)ですら高価で強力である。しかもアンドラスやリリスが撃破していた魔導機(ウィザード)は列強に於いて第一線の機体であり、その戦力価値は上位キマイラにも勝るとも劣らない。だが、強力ゆえに問題――――すなわちリリスにとって付け入る隙があったのだ。高性能機は基本的に高価なことに加えて、秘密裏に調達するには難しい機体である。それは列強の情報機関に於いても変わらない。むしろ、多方面に介入を行わなければならない機関こそ、余力が少ないと言っても良いだろう。一方面に力を注げばどこかに破綻が生じるし、無理な予算獲得は対立派閥からの格好の攻撃材料に使われてしまうからだ。
「領主としての道しるべか…」
「これがもっとも平和的に生存圏を取得する方法だわ」
ロイ達を始めとした育ててきた若手達を活躍させて、新しい領地権を取得し、それらの中で安定した生活圏を建設するのがリリスたちの目的である。イシュリア自治領とイスウェイク男爵領を結ぶヴィエールも、生活圏確保に於ける計画の一つだ。他領の侵攻は一切行わず、自分達で開発して取得するのが無駄な争いを好まないリリスらしい計画だった。
「貴方が引き受けてくれていたならもっと楽だったんだけどね?」
「俺が領主に? あいにくと性分じゃないな。
まぁ、ロイ達に何かあるばリリシアが悲しむ。
出来る限りの助力はするさ」
「期待している」
アンドラスはリリスとリリシアはやはり親子だなと納得する。確かに容姿は似ていたが、それ以上に口癖が煮ていたからだ。アンドラスの傷を塞ぎ終えると二人は撤退したリオンとの合流を行うために行動を開始した。アレイオンは搭乗者が乗り捨てていた魔導機(ウィザード)を背負っての移動だ。アンドラスが足手まといを生み出す戦術と捕虜確保のために行動不能に留めていた1機のサーダイン2型だった。搭乗していた乗員はリリスの使い魔によって捕縛されており、魔法によって眠らされた状態で操縦席(コックピット)に搭乗しており、後に捕虜として尋問される事になる。
リリスによる介入戦から一ヶ月。
リリシア一行はフローラに乗船してイスウェイク男爵領に向かっていた。ロイとイリスは甲板上で模擬専用の武器を用いた近接戦の鍛錬を行っており、リリシアとシルフィは艦橋で今後の事を話し合っている。
「予定よりも早くなったね」
「仕方が無いわよ。
ママからの強い要望だから」
「あはは…リリスは強引だから仕方が無いか〜」
シルフィは苦笑いをする。リリスは可愛いものに目が無い。イシュリア自治領に戻ってくると、シルフィとイリスの二人はよくリリスが用意した可愛いものからセクシーなものまで幅広い衣装を着せられていたのだ。集落の娘達も同じような経験をしている。断っても寝ている間に着せ替えが行われてしまうので断る事は現実的に不可能だった。リリシアも時折、セクシーな衣装を着せられているほど。
「もうギルドからの依頼で経験を積んでからにしたかったわ」
「大丈夫だよ。
リリスの事だから何か案があると思うし、
勝てない敵には戦わないようにするよ」
「ママって偶に突拍子もない事を平然と行うから」
「例えば?」
「ママがあなた達を影から見守っていたとする」
「うんうん」
「そこで貴方たちの誰かが魔獣との闘いで重症を負ったとしたら、
ママなら自然災害を装って崖崩れを起して相手を埋めかねないわ…」
「ひ、否定できないね〜」
冷や汗をかきながら応じるシルフィ。リリスは厳しかったが過保護でもあった。そして敵には容赦しない性格である。困った事に多くの手段を十分に行使する程の実力もあった。リリシアとシルフィが危惧するのも当然である。リリシアやアンドラスですら下手に動けばロイ達が得るだろう名声が霞んでしまう実力があるのだ。リリスのような実力者が後ろから動いていると判ってしまえば、ロイ達の評価を上げるのは相当難しいことになるだろう。
実はリリシアは魔導機(ウィザード)との戦いを知らされていたが、シルフィには告げていない。伏せていた理由は、余計な心配を与えるつもりが無かった事と、そのような想定外の敵に対しては自ら手を下す守るつもりだったからだ。
また、リリスが先日に討伐隊が戦いを繰り広げたウェイク渓谷戦に介入した件も、領主軍には時間稼ぎの後に敵魔導機(ウィザード)が撤退したと虚偽の報告を行っていた。その際に役に立ったのはアンドラスが無力化していた魔導機(ウィザード)の搭乗者であり、彼は最高位の夢魔であるリリスが行使した魅惑術(チャーム)によって領主側に都合の良い証言を行っていた。しかも彼は仲間達の蛮行に耐えかねてアンドラス側に加勢した事になっており、捕虜ではなく投降という立場もあって、投獄ではなく軟禁に近い形で収まっていたのだ。
「まぁ、シルフィが言うようにママなら何らかの勝算があって、
計画を前倒しにしたと思うわ」
「うん。
夢に一歩近づいたと思えば嬉しさ倍増だよ」
「イスウェイク男爵領まであと3日。
現地に着いたら一気に忙しくなるわよ」
「判ってる♪」
シルフィがリリシアの言葉に応じた。
リリシアが言うようにイスウェイク男爵領に着いてから、ロイ達の日常は大きく加速する事になるが、それは偶然の重なりによって思いもよらない方向へと進んでいく事になる。
それは地方領主を超えた国家建設へと至る計画に発展していくことになるとは、リリシアのみならずリリスにすら想定していなかったのだ。当人たちの熱意と時代の流れ、そして稀に見る偶然によって引き起こる建国記が始まろうとしていた。
完
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誤字脱字の指摘、
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
これまでレクセリア建国記を読んでくださりありがとうございます。20話までの感想数を見た結果から、残念ですが第一部で終了として内容の再構成する事にしました。改訂版のレクセリア建国記ですが、ある程度書き進めた改訂版が溜まる来年位から再開する予定です。
現在の予定としてはレンフォール戦記に近い形になるかも?
これからもよろしくお願いします。
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