外伝 第01話 『姉妹』
今日は祭日であったが、普段よりもアリシアは早く目を覚ました。
ゆっくりとベットのシーツを巻くって起き上がり、愛らしい薄い水色のパジャマ姿が露になる。
アリシアは上機嫌だった。
それもその筈、今日は待ちに待ったサイとのデートの日。
アリシアは大事なデートに備えて準備に取り掛かる。
まず、ベットを綺麗に整え直す。
「うん、ベット終わりっと!」
ベットを整え直すと、部屋の隅に置いてあるクローゼットの扉を開けて、水色のお洒落なデザインなニットチェニックを取り出す。郊外での飛行を視野に入れて翼が出るスリットがあるタイプだ。
「サイ…褒めてくれるかな?」
洋服をじー、と見て嬉しそうに呟いてからアリシアは、ベットの上に着替えを丁寧に置いていく。 そして、クローゼットの中にある引き出しからお気に入りのパンティを取り出す。
衣服の準備を終えたアリシアはクローゼットの隣にあるチェストの引き出しを開けて、小瓶に入った
お出かけ前に体に塗る、ジャスミンの香油(アロマオイル)を取り出した。
「ありがとう、ママ……」
小瓶を見つめながら呟く。
そのジャスミンの香油はリリスがアリシアにサイとのデートに備えてプレゼントしたものだった。
特に目立った効果は無いが、肌の保湿に優れており、品位を感じる優しい匂いを放つのでアリシアは気に入っている。暴走気味のリリスであっても、流石にデート時に付けていく香油に遅効性の媚薬を仕込むような真似はしない。
クローゼットの上にある鏡を見て決意を新たにする。
(今日は…ママ達の期待に応えるために……
大胆に…夢魔族らしく、こっそりとサイとキ、キス…をするんだから!)
相反する要素の"大胆"と"こっそり"で表現されている事から、アリシアの緊張振りが良く判る。
「ふぅー、はぁー…どうしよう…キ、キスって思うだけで緊張してきたよぉ〜」
アリシアは深呼吸を繰り返して緊張と気恥ずかしさで揺れる心を落ち着かせようとする。
「すぅー、はぁー、すぅー…よしっ!」
有る程度落ち着くと、アリシアは体を清めるために浴場へ向かう……。
大浴場に響く水の音。
魔石によって熱せられている湯船から立ち上る湯気。
なみなみと満たされた、熱い風呂(アルウェウス)の透き通ったお湯をアリシアは手に持った結桶(ゆいおけ)で汲んで体に掛ける。お湯によって体中の付いた石鹸の泡を洗い流していく。
レンフォールの水質は軟水であり肌に優しい。
魔法で体を清潔に保つ方法もあるが、アルマ教の教義と感覚的な理由から夢魔は入浴で清める事を好んでいる。
「あー…気持ちいい」
アリシアは大のお風呂好きなのだ。
お湯を被るのが好きで、お湯に浸かるのは大好きだった。
体を清め終えると洗髪へと取り掛かる。
頭全体にお湯をかけて、髪や頭皮の汚れを大まかに洗い流していく。
「ふう……次は洗髪剤だね」
少し色っぽい声でアリシアは呟いてから、結桶にお湯を満たして、次の段階と取り掛かる。
ローリエオイルをふんだんに含んだ洗髪剤をアリシアは小瓶から手にとって泡立てる。これは、レンフォール地方の特産の一つ、月桂樹(ローリエ)の実100kgから僅か5kgしか採れない貴重品だが、とても香りを放ち殺菌作用に優れており、夢魔族の間で大人気の洗髪剤である。
十分に泡立ったのを確認すると、頭皮に洗髪剤の泡をまぶしていく。それを終えると指の腹で頭皮で指の腹で頭皮の毛穴の汚れを落としつつ、マッサージするような感じで、ある程度刺激を頭に与えながら丁寧に洗っていく。
髪は美に欠かせない要素であり、夢魔族にとって大事な部位なのだ。
十分に洗い終えると、お湯で丁寧に頭皮と髪に付いた泡を洗い流すべくすすいでいく。
結桶から流れ落ちたお湯が、アリシアの髪から胸にある白い双子山を滑り落ち、太ももと脚線美に弾かれて、保温効果に優れる天然溶岩石をタイル状加工した床に流れ落ちていく。
泡を完全に洗い流し終え、全身隅々まで洗い終わったアリシアは湯船へと足を伸ばす。
チャプン
アリシアは足の先っぽからゆっくりと大きな波を立てないように入っていく。
「ぅん〜〜……はぁぁ〜〜♪」
肩まで湯船に浸かった瞬間に感じた極上の感覚にアリシアは声を上げてしまう。これは、いつもの癖だった。
浴槽の底にちょこんと座って顎を水面に乗せるような入り方が、アリシアに色っぽさよりも愛らしさを感じさせる。
アリシアの表情は入浴によって得られる気持ちよさで和んでいた。棒テンプ式機械時計によって大まかな現在の時刻がわかるので、アリシアは時間の心配なく入れるのだ。
しばらくすると更衣室から大浴場へと一糸纏わぬ姿の美女が入ってきた。
気が付いたアリシアは嬉しそうに挨拶する。
「お姉ちゃん、おはよう」
アリシアの大好きな姉リリシアである。
朝にあまり強くないリリシアは少しだけ気だるそうな表情をしている。
「アリシア、おはよう。 ふわぁぁ〜」
リリシアは欠伸まじりに応えて、眠気覚ましの背伸びに息を吸いながら「うぅ〜ん」と背筋を伸ばす。胸から脇にかけての、美しい曲線が男女を問わず相手を惑わすような色っぽさを感じさせる。
同性のアリシアであってもドキリとする魅力だ。
「あ、あれ? お姉ちゃんも今日は早いよね?」
「…今日はアリシアにとって大事なデートの日でしょ?
姉として、可愛い妹に香油を塗る手伝いをするのは当然よ♪ もちろん、迷惑じゃなければだけどね」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
アリシアは満面の笑みで姉に感謝した。
香油は自分自身で塗るよりも、塗って貰った方がムラが無くて綺麗に塗れる。
そして、リリシアは美容マッサージを兼ねた技法を使っており香油を塗るのがとても上手なのだ。幼少の頃から頻繁に塗って貰っているので、アリシアはこれに関しては、恥かしいという感覚は無かった。
「じゃ、私の体を清め終えてから始めるわ。 それで、良いかしら?」
「お願いします! でも、30分ほど入浴した後でもいいよ?」
「アリシア、お言葉に甘えるわ♪」
アリシアの気配りに対して、リリシアは満悦な顔をしながら美しい声で応じた。
体を清め終えたリリシアは、浴場の床の上に大き目のタオルをタイルの上に敷いて香油を塗る準備を終えると、長い髪の毛を頭の上で器用に髪を束ねてから、アリシアの近くの湯船に優雅に入っていく。
「ふぅーー………」
リリシアの不思議な安心感と美しさを感じさせる黄金比率の見事な体が湯船に浸かると妹と同じように気持ちよさそうに声を上げる。
アリシアのお風呂好きと入浴時の癖はリリシアから伝わったのだ。
「入浴ってほんと…幸せな時間だわ」
「そうだね〜」
姉の言葉に妹は心の底から同意する。
ゆっくりと無言のまま、水の音だけが浴場を支配したまま時間が流れる。信頼しあっている二人にとって沈黙は苦痛ではない。
しばらくして、リリシアは妹の方に顔を向けて口を開く。
「アリシア…私の膝の上に来る?」
「行きたい♪」
「ふふっ、いいわよ」
リリシアの膝の上。
それはアリシアが始めて入浴した時からのお気に入りの場所。
姉を身近に感じていると、アリシアは心が落ち着くのだ。
足を伸ばした姿勢で優雅に入浴している姉の膝の上に乗るためにアリシアは嬉しそうに湯船の中を動く。
姉の太ももの上にアリシアは、そっと腰を下ろすと、その可愛らしいお尻がリリシアの魅力的な太ももと密着する。
ちょこんと子猫のように、姉の太ももの上に座ったアリシアは姉の足と水平になるように体の向きを直すと、姉の胸に寄りかかる様にして足を伸ばす。
アリシアが座りきったのを確認したリリシアは、妹を背後から優しく抱き込むように、そっと両腕にて妹を抱きしめる。
リリシアは抱きしめる過程で、妹の背中と自分の胸との間で挟まれた乳房が"ムニュっ"と圧迫されて歪んでも全く気にはしていない。リリシアにとっては胸に感じる程度の圧迫感は、妹の存在を感じれる事に比べれば取るに足らなかった。
これはリリシアとアリシアの素肌の一部で触れ合うことにより互いの親密感や帰属感を高め、一体感を共有しあう行動の一つなのだ。発案者はリリスである。
…トクン…トクン…
(お姉ちゃんの心臓の鼓動が伝わってくる…)
アリシアは体全体で姉を感じ取っていた。
ゆったりとした姉の心臓の鼓動が、アリシアの背中を通じて伝わる。幼い頃から慣れ親しんだ姉の心拍リズムはアリシアにとっては心地よいものなのだ。
安心しきったアリシアは目を細めて眠そうな表情で小さな声で言葉を紡いでいく。
「お姉ちゃんに…こうして貰うと落ち着くの…ママと同じ…」
リリシアは妹の言葉に、その美麗な顔つきに見惚れしそうな柔らかな慈愛の笑みを浮かべると、妹の耳の側まで顔を寄せて囁いた。
「アリシア、私もね…
貴方とこうしていると、ゆったりと幸せな気持に浸れる…
家族って良いものだわ…」
「うん!」
子供好きが多い夢魔族の中で、リリシアは人一倍に子供が好きだったのだ。
リリシアにとっては、赤子の頃から面倒を見ていたアリシアは愛する妹であると同時に、愛娘の様な存在でもあった。
(ママも私達と接する時は、このような気持を感じているのかもね)
リリシアはそう結論付けると、アリシアを感じることに集中する。
神聖な雰囲気すら感じさせながら、二人は幸せそうに静かに湯船に浸かっていた。
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【あとがき】
古代ギリシャには機能限定ですが初期のシャワーがあったらしいです。
イーリアス叙事詩には桶(おけ)での入浴もありました…いやはや世界は広いなw
また、棒テンプ式機械時計は13世紀〜14世紀のヨーロッパにあったので、レンフォールにも出しました。ファンタジー世界に機械式時計!? と思う人もいると思います…しかし、大砲や外洋船を作れて時計が作れないのは、技術系譜からして可笑しいので、ご容赦下さい。
しかし…そうなると…32方位型羅針盤もあるよなぁ(汗)
一応、レンフォール王国は15〜16世紀に該当する科学レベルなので…
当然、機械式時計は超高級品だけどw
また、活字印刷術に関しても14世紀のドイツのヨハネス・グーテンベルクが金属板のタイプを作っているので出すかもしれません。
御意見や御感想をお待ちしています。
(2009年05月03日)
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